Audio DA Converter SN-DAC0502



はじめに

Analog Devices の AD1868 を用いたDAコンバーターを試作してみました。独立した8倍オーバー サンプリング・フィルターを用いた、いわゆるマルチビット方式のDAコンバーターで す。ACアダプターを用いたコンパクトなユニットですが、アナログ・フィルターも 2次のバターワース・フィルターで、小さいながらも構成は本格的です。

回路

回路は以下のようなものです。

Circuit Schematics
回路図(クリックして、100%画像が別ウィンドウで開きます)

同軸入力J1からのS/PDIF信号 は、東芝のDIR (digital interface receiver) TC9245Nに入力されて復号化されます。 TC9245Nはかなり古いICですが、未だに秋月 電子で比較的安価(700円)に入手できます。4系統の入力があり、S1, S2 で切り替える事ができます。対応している信号は16bit, 48KHz までですが、今回の用途には問題ありません。使いにくい感じがするのは、 シュリンクピッチの28ピンである事と、PLLの外付け部品(回路図では、 TC9245Nの左下部分)が多い事です。いずれも、プリント基板を起こす場合は たいした問題ではないと思うのですが、ユニバーサル基板で配線する場合 は、結構やっかいです。TC9245Nの出力とクロックは、パイオニアの8倍 オーバーサンプリング・ディジタル・フィルターICであるPD00601 に入力されます。このICもかなり古いものと思われますが、秋月電子で 安価(400円)に入手できました。阻止帯域減衰量が53dB、フィルターの 段数は3段(65次+13次+9次)と比較的シンプルな構成で、外形は、SOICの16ピンです。 ここでの信号のフォーマットは、16bit右詰め、クロックは 384fsで、ぴったりの 組み合わせです(逆に言うと、Cirrus のDIRやNPCのディジタル・フィルターと、 これらのICを組み合わせる事はできません)。後述しますが、PD006001には ちょっとした癖(?)があるようです。PD00601の出力は、PCM56P互換のシリアル フォーマットで、16ビット、18ビット、20ビットに切り替えられます。 ここでは18ビットに設定し、出力は Analog Devices のDAコンバーターチップ AD1868 に入力されます。

このチップは、18ビットのマルチビット方式ですが、(バーブラウンのPCM56Pのような) 純粋な抵抗ラダー方式ではなく、上位3ビットが抵抗分割方式、下位15ビットが 抵抗ラダー方式を用いて組み合わせたものです。データシートで比べてみると、 純粋な抵抗ラダー方式に比べて、大信号時の歪みでは不利、小信号時の歪みでは有利、 という傾向があるようです。いずれにせよ、ΣΔ方式ではなく、ディジタル・フィルターに 関しては外付けで8倍までの対応となっています。内部にIV変換用のOPアンプが 内蔵されており、外付けのIV変換を用いる事はできません。OPアンプは、CMOSプロセスとNPNバイ ポーラー・プロセスを組み合わせたもの(ABCプロセス)とされています。

また、ポータブル機器用に開発されたと言う事で、消費電力は標準で50mW (5Vで10mA)と小さくなっており、またマルチビット方式では大変珍しい事に5Vの単電源で 動作します。そのためか、出力電圧はピーク・トゥ・ピーク で2Vと低めになっています。外形はDIP16ピンと使いやすく、外付け部 品も多くありません。このICの16ビット版が AD1866 で、こちらも面白そうです。これらもかなり古いチップですが、未だにカタログにあり、 メーカーで在庫しているようです(TC9245N やPD006001 については、メーカーの ウェッブ・ページでは見つける事はできません)。

AD1868の出力は単電源OPアンプを用いた多重帰還型の2次のローパス・フィルターに 入力されます。フィルターの定数は、最大平坦特性のバターワース型としていま す。非反転入力のバイアス電圧としては、このような用途のために用意された、AD1868 のレファレンス出力を用いています。OPアンプは、Analog Devices の AD823 と、TI の OP2350を試してみましたが、測定したかぎりでは 違いは有りませんでした(どちらも十分高性能と思います)。

電源は、ACアダプターから入力し、定番の3端子レギュレーター7805で安定化した後、 十分なデカップリングを通して各段に供給しています。ACアダプターの電圧は、 8Vから15V位までならなんでも良く、電流量も100mAくらいあれば十分と 思われます(PD00601については消費電力のデータがないのですが、 他の部分の消費電流は30mAくらいです)。

他の部分では、CN2 は光入力を用いる時のために用意した端子で、CN3 をショートする事でこちらの入力に切り替わります。CN3がオープンの時は、 TC9245N の S1が内部でプルアップされている筈なのですが、どうもHにして おいた方が良さそうです。他には、特に変わった事はなく、標準的な回路と思います。

部品

主要部品のリストは、以下のような感じです。ワイヤー、ICソケット、 基板コネクター、シール基板、などの小物部品については省略しました。

部品表
部品名
型番
数量
単価(円)
購入場所
コメント
Digital Audio Receiver
東芝TC9245N
1
700
秋月電子

Digital Filter
パイオニア PD00601
1
400
"

DA Converter
Analog Devices AD1868N
1
1885
Digi-Key

OP Amp IC
Analog Devices AD823AN

567
"

3端子レギュレーター
NJM7805
1
50
秋月電子

ケース
タカチ HEN110420S
1
2762
エスエス無線

C2,C4,C7,C8,C10,C13,
C16,C17,C26,C28,C29
チップ積層セラミック
コンデンサー
(X7R特性)
11
@5〜10
千石電商
秋月電子、
Digi-Key
松下、ムラタ、
TDK、等
C3,C5
チップ積層セラミック
コンデンサー(CH特性)
2
@5
千石電商
ムラタ
C6,C9,C27,C30
電解コンデンサー
7
@20〜40
千石電商
東信工業
C14,C15,C12,C18,
C23,C24,C25
OS-CON
(10V10μF,100μF)
4
40, 110
"
三洋
C19,C20,C21,C22
ポリプロピレン・
フィルムコンデンサー
4
50,110
瀬田無線
松下ECQ-P
R1,R2,R3,R4,
R5,R6,R7
チップ抵抗器
7
@5〜10
千石電商
、鈴喜デンキ
松下、コーア
、各種10ヶ単位
R8,R9,R10,R11,
R12,R13,R14,R15
立型抵抗器
8
@10
鈴商
多摩電気工業、
ニッコーム、
10ヶ単位
L2,L3,L4,L5,L6,L7
マイクロインダクター
47μH, 100μH
6
40
千石電商

放熱器
LSIクーラー 1919-9
1
60
"

RCAピンジャック
RJ−2008BT 3
120
秋月電子

2.1mmDCジャック
マル信無線電機
MJ−14
1
70
千石電商

照光式スイッチ
ミヤマ電器 
DS−850K−S−LY
(BLACK)
1
150
"

ユニバーサル基板
AE-5(138×95mm) 1
100
秋月電子
紙エポキシ・片面

主要部品のICのうち、TC9245Nと PD00601 については、秋月電子で入手しました。 特に、PD00601については、秋月電子以外で入手できそうにはありません。 AD1868 については、国内で取り扱っている所は知りませんが、Digi-Key から簡単に入手できます。OPアンプの AD823 についても同様に Digi-Key から入手しましたが、OPA2350 なら共立電子ほか、国内で扱っているところも あるようです。一番高価な部品はケースで、タカチ の放熱ケース HEN シリーズの111.5×43.6×200mmのものを用いました。 PLL部分のコンデンサーと、ICのパスコンは、すべて積層セラミックコンデンサーで、 小容量のものは CH 特性、それ以外はX7R 特性のものを用いています。0.047μF のものだけは秋葉原で入手できず、Digi-Keyから取り寄せました。それ以外の、 電解コンデンサー、ポリプロピレン・コンデンサー、抵抗などはすべて 秋葉原で入手したものです。チップ抵抗は、鈴商で入手した松下のものが精度5%で 10ヶ50円、鈴喜デンキで入手したコーア のものが精度1%で10ヶ100円でした。電解コンデンサーは 東信工業の105℃、低ESR 品です。アナログ部分にはOS-CONを多数用いたのですが、アルミ電解コンデンサーで 十分だろうと思います。

ローパス・フィルターに用いた抵抗は、立型の抵抗器で、基板への実装に便利なものです。 鈴商で入手したのですが、どうも処分・放出品らしく、店頭に抵抗値があまり揃っていません。 一応すべて「精密抵抗器」となっているのですが、多摩電気のものは普通の金属皮膜(厚膜)抵抗器を 立型にパッケージしたものらしく、ばらつきも 1% ぎりぎりの感じです。 ニッコームのものはプレート抵抗器らしく、 精度もほぼ0.1%以内に収まっていて素晴らしいのですが、入手できる抵抗値があまり多くなく、 今回は2個のみ用いています。ローパス・フィルターのコンデンサーは、今回も 松下のポリプロピレン・コンデンサーで、精度は 560pF が 5%, 2200pF が 1% となっています。今回用いたユニバーサル基板は秋月電子の大きめの片面基板で、 幅がやや広すぎるので、両端をカットして用いています。部品表にはありませ んが、PD00601 の取り付けには、サンハヤトの シール基板ICB-061を用いました。この他に、もちろんACアダプターが必要です(私は、 しばらく前に秋月電子で150円で購入したトランス式のものを用いていますが、現在は 入手できないようです)。

送料などを考えなければ、材料費は全部で1万円弱くらいではないかと思います。

製作

今回用いたユニバーサル基板は、ケースに入れた時に幅が窮屈なので、 配線部分の外側はカットして用いました。

完成した基板の様子です。


基板の上面(クリックして別ウィンドウに拡大画像)

左端に入力端子 CN1, CN2があり、シュリンクピッチ28ピンDIPの TC9245N に入力されます。シュリンクピッチのDIPのユニバーサル基板への実装については、 45度傾けるなど、色々な流儀があるようですが、ここではソケットの4隅のピン (1,14,15,28ピン)だけ基板の穴を通してハンダ付けし、固定する事にしました。 それ以外のピンのうち、配線しないものについてはソケットの端子を切り取り、 配線するピンの端子については外側に曲げ、直接銅線をハンダ付けしました。 ちょっと慣れないとやりにくいのですが、どうにか配線できました。 PLLフィルターの部分はすべてチップ部品で構成し、裏側で配線されています。 TC9245N の右側に見える16ピンの表面実装チップがパイオニアの PD00601 です。その右側に主役の AD1868 が見えます。右端の8ピンDIPのICが AD823AN です。その上下に見える青色にカラーコードのきれいな部品が多摩電気の立型精密抵抗器、 右側の薄い部品がニッコームのプレート抵抗器です。青紫の筒型コン デンサーはOSコンです。電源コンデンサーは、信号経路の下側に一列に並んでいます。 黒い筒型の部品はインダクターで、それらの下に、NJM7805と電源入力、LED端子などが 配置されています。比較的面積に余裕があるので、回路図通り、ゆったりと部品が配置 できました。信号の配線は、チェックしやすいように、おおむね基板上面で単芯ワイヤーを 用いて配線しました。

下の写真は、基板の裏面です。ICの下側は、銅箔シートでアース面を取っています。AD1868 の下側は、アナログアースとディジタルアースに分離してあります。赤い被覆のワイヤーで 配線してあるのはVccです。ICの電源入力部には積層セラミックのチップコンデンサーを パスコンとして付けています。また、左端中程にチップ部品によるPLLのフィルター部が見えます。


基板の背面の様子(クリックして別ウィンドウに拡大画像)

PLL部分のクローズアップがこれです。部品を詰めすぎて、汚い配線 になってしまいました。もう少し余裕を持たせるべきでした。

ケースに入れて、配線したところが次の写真です。


配線終了後の内部の様子(クリックして拡大画像)

小さなトラブル

完成して、チェックの後電源をつなぎ、スイッチを入れると、無事パイロットランプも点灯し、 各部の電圧も異常ありませんでした。そこで同軸ケーブルをつないで音出しをすると、 最初出るのですが、数秒で消えてしまいます。電源を入れ直すと、また音が出るのですが、 すぐ消えてしまい、同じ事の繰り返しです。何かの拍子に音が出る事もあるのですが、 不安定でした。思いついて、オープンにしてあった入力切り替えの CN3 の S1を、使っていない 光入力用の端子 CN2 の Vcc につないで Hとしたところ、きちんと出るようになりました。 本来内部でプルアップされているはずであり、S2についてはオープンにしていて 問題はないのですが、引き回している時は Vccにつなぐ方が安全なようです。 それ以外は問題なく、安定に動いているように思えました。

ところが、測定しようとすると、(最初の配線では)左右が逆になっているようです。 回路図通りに配線してあり、首をひねってしまいました。仕方がないの で、出力の配線を左右逆にしました(上の回路図は、そのように修正したものです)。 インターネットで調べてみると、お気楽 オーディオキット資料館の回路図でも、PD00601 の出力を左右逆に配線してあります。 どうも、PD00601のデータシートに問題があるようです。深刻な問題ではないのですが、 ちょっとびっくりしました。

結果

音を聞いてみると、聴感上のノイズがとても少なく、安心して聞ける印象です。 一応完成として、レーザープリンター・ラベルを用いて文字入れしました。シン プルな外観のDAコンバーターとなりました。


RMAAM-Audio Audiophile 2496 を用いて測定した結果は、以下のようになりました。

印象通り、ノイズは -97dB と、とても少なくなりましたが、出力電圧が低めなせいも あるかも知れません。ダイナミックレンジは、-60dBの信号を入れて測定するのですが、 3次高調波が見えていて、94dB と、AP2496 に比べるとやや悪くなっています。THD も0.0038% と AP2496 の4倍程度あります。しかし、これらは何れも AD1868 のデータシートの値に一致 しており、問題ない値です。IM歪みが0.025% と、AP2496と比べると見劣りしますが、 マルチビットのDAコンバーターは、本来ΔΣ式のDAコンバーターに比べて直線性が悪いので、 こんなものなのかも知れません。TIなどの、他のマルチビット・タイプのDAコンバーターと 比較してみたいところです。もちろん、絶対値としては問題ない値です。クロストークも優秀で、 全く問題ありません。

前述したように、AD1868の出力電圧はピーク・トゥ・ピークで2Vと低めで、測定時は -6dB の入力値となっていました。RMAA5.0では測定できないので、RMAA5.4 にヴァージョンアップして 測定しました。この測定時には、OPアンプは OPA2350を実装していましたが、AD823 に交換しても、測定値に有意な違いはありませんでした。ADコンバーターの性能が そのまま出ているようです。

まとめ

帯域内のノイズが低く、原理的に帯域外ノイズも少ないはずなので、聴感上でも、 精神的にも安心して使える印象のDAコンバーターです。小さくても本格派、 という印象で、私としては、満足感のある仕上がりになりました。

2005年3月28日 記.
2006年2月15日 修正.
Copyrighted by the author.